◎【商売を語る会・17回(上)】東京スカイツリー、都庁などに納める   “防火戸ならナカジマ“ 海外の人材育成にも貢献       中島工業梶@中島正勝さん(サッシ製造販売) (13/05/09) 
 創業40周年を迎えた中島工業且ミ長の中島正勝さん(61)を招いて開かれた第17回商売を語る会。4月22日の夜、5人が集い交流しました。仲人業の佐藤さん、ワープロ修理の丹治さん、タバコ販売の栗和田さんらが参加。以下中島さんのお話(要旨)です。
           ◇
 創業40年になったが、不徳の致すところで民事再生をして10年目。この10年間で跡取りを息子に任せる基礎ができた。真ん中の子どもが37歳になった。この間苦しかったのは銀行からお金が借入できなかったこと。しかし借りなくともやっていける自信ができた。
税金の関係は、この間苦しくて滞納した。いまも延滞金があり、一部会社の土地を差し押さえられている。解いてもらい、ゆるくしてほしい。いま正社員は24名で業界2位の文化シャッターと提携している。
  ●甲種防火戸の技術力
  うちの主力は甲種防火戸の製造販売。800℃から1000℃で45分以上持つか、1.6o+1.6o=3.2oで1時間以上耐える必要がある。乙種とは800℃で25分以上もつものをいう。
 これまでに、群馬県庁舎の半分はうちでやった。東京都庁は3分の1を文化シャッターが受け当社が製作した。ほかに三和シャッターと田中サッシュ。東京スカイツリーは全部うちが納品した。
 スカイツリーは東日本大震災の年に始まり、地震の1ヵ月前に製品検査した。451mの最上階で、震度7〜8では17秒〜18秒の間に7〜8pしか揺れない予想だった。
 “3・11”のときはボルトは借り止めだったので大きく揺れ、工事は2週間止まった。1年3ヵ月かけ1100本を納品した。高いところが35%、他の商業ビル、ホテルや土産物店(31階150m)へ65%の扉を納めた。
  ●海外に製品 技術研修に一役
 上海や天津などの工場やデパートにも納品した。日本のゼネコンや仲間がいる。
  シンガポールは1989年(H元年)から2000年(H12年)まで建設ラッシュで、タッカム社(サッシ会社)の検査が通らないために日本から持っていったうちの製品がメインになった。その後文化シャッターの指示により、技術指導にいった。技術指導は2年の予定が7年間となり、36人に指導した。むこうの慣習は、自分だけが覚えると帰って行くが他の誰にも教えない。独り占めする。人材が育たない。このため研修生を当社で受け入れて来た。     
 (次号に続く)

◎【商売を語る会・16回(終)】食肉店40年の経験を語る 商売が好きだから  牛L瀬ミート 根岸 勝利さん(食肉卸・販売)(13/03/26)
<前回(3月20日付)からの続き>

 食肉事情(その3)
 根岸:アメリカ産の牧場で飼っている牛は肉が堅い。ケネディー牧場は群馬県と同じ広さ。群れを出荷しようとするとジープやセスナ機で見に行く。野性のような牛は、赤みは強いが固い。いまは日本向けには、トウモロコシや麦などを与えていていくらか脂が乗り、多少はうまいが。
 日本の商社はオーストラリアで牧場を持ち、エサから何から日本向けに、脂が乗るよう育て、いく分はうまい。昔はそういう肉はなかった。
 
 《このあと、参加者の自己紹介》
 丹治:ワープロ修理はあまり変わらないが仕事は減っている。NHK紹介されて以来4000件修理した。個人が多いが、法律関係事務所なども結構来る。パソコンと違い、個人情報が守られるから。1700台の在庫を持ち、すぐ対応できるように補修しておくので1万件は修理した。1ヵ月前はキャノン本社からうちを「修理業者に指名した」と電話がきた。 私一代限りだが、日本に100万台のワープロがあるとすれば、私を含めて3人は生き残れるのではないかと。
 泉関:油圧ホース修理関係の仕事は増えている。工場内でスクラップ処理する機械なども直す。日曜日も依頼が来るが、息子や甥(おい)が、出かけてくれる。今年の正月は2日から出かけ、先日も宝川温泉の前まで出向いた。 
 秋元:弁当宅配の仕事。高齢者相手の仕事はやりがいある。妻などは1日おきに買い物を頼まれてお年寄りを見ている。ワタミタクショク本部に「もっとチラシを入れなさい」と営業をかけるのが私の仕事。
 ※このあと、話題は、安倍政権が原発再稼動を推進するが、自然エネルギーに転換すべきこと。日本だけが働く人の賃金が上がっていない特異な国であることや、大型店進出と中心商店街問題などをテーマに、縦横に語られました。
 根岸さんは「なぜ学校給食に参入したか」の質問に答え、「きっかけは、飲食店だけ取り引きしていると将来性が心配。給食は群馬産・地元食材使用が条件。放射能検査はする」と答え、後継者については高校生の孫がいるが、事業継承してくれるかは未定であることを語りました。
 「20代で飲食店をやり、相場で失敗し山から渓谷の谷間に落ちた経験が生きている。自分のとりえはまじめさ、人がいいこと」とさりげなく語る根岸さん。「商売が好きだから」の言葉に参加者はみな納得。語る会のお開きは夜10時を過ぎました。(次回の語る会は4月22日の予定です)
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 ●肉のことならなんでも  
 有限会社 広瀬ミート 根岸勝利
 前橋市総社町植野892-10 電話251−8787
 

◎【商売を語る会・16回(中)】食肉店40年の経験を語る ホルモン焼きのルーツは群馬  牛L瀬ミート 根岸 勝利さん(食肉卸・販売)(13/03/20) 
 2013年3月25日に開かれた商売を語る会。前回(3/10付)からの続きです。

 《食肉をめぐり情報交流》(その2)
 根岸:玉村町にある県食肉市場は、狂牛病問題があり、一時アメリカへの輸出は止まっていたが、今は出している。日本の最高峰の肉のひとつ。霜降りで牛の質が良い。
 (佐藤:外国への輸出では、中国の富裕層に日本の米や、青森のりんごが1個2000円など、付加価値をつけたいいものが高値で輸出されている)
 根岸:アメリカの安いものを我々が食べる。群馬は圧倒的にブタ。ブタが盛んなのは群馬や長野、福島県。昔は牛は食べなかった。長野は善光寺もあり、宗教的な理由があるから。
 (秋元:長野ですき焼きの牛を探したが売ってなくて、長野駅前まで行ってもなくてマトンを食べたことがある)
 根岸:今もマトンは食べる。群馬は豚。すき焼きも豚でやる。他の県から来た人はおどろく。
 (佐藤:肉ジャガの具は関西は牛。)
 根岸:だいたい静岡県で食習慣が分かれる。
 (泉関:東京のすき焼きは豚だった。四国や九州の人は「なんでこれがすき焼き」とおどろく)
 (佐藤:カレーの具も。鳥やブタ肉が中心。牛がないのでおどろく)

 ■すてるものを加工食品に
 根岸:実はホルモン焼きは群馬から出た。高崎の金華亭の先代の社長が、捨てていたものを加工し、自転車に乗せて売ったのが始まり。東京の焼き肉屋にはなかった。終戦直後、群馬でホルモンが生まれた。
 (佐藤:東京の焼き鳥は、モツ、レバーは豚がほとんど。鳥は内蔵しか使わないのに焼き鳥という。 
 (秋元:焼き鳥というとスズメ、蛙もあった。今は豚になった。ナンコツありネギマありカシラと、焼き鳥はいい)
 (佐藤:埼玉・東松山は3大焼き鳥で有名。カシラが辛し味噌で延々と出てくる)
 (Q:牛は豚と違い火を通さないとダメ?)
 根岸:牛と豚は食べ物が違う。飼い方も違う。豚は人間と同じ雑食で、なんでも食べる。
 牛刺しは、まわりを全部削らないとダメなので、一切れがえらく高いものになり、商売にならない。

 ■カナダ産、アメリカ産の輸入
 根岸:いま馬刺しはほとんど輸入になった。カナダ産が多く、食肉は柔らかい。日本の競走馬などは噛み切れない(笑)。豚も放し飼いだったのが、ケージ飼い。運動させず太らせる。
 アメリカなどの牧場で飼っている牛は肉が固い。 (続く)

◎【商売を語る会・16回(上)】食肉店40年の経験を語る  牛L瀬ミート 根岸 勝利さん(食肉卸・販売)(13/03/10) 
 2月の商売を語る会は25日、総社町で食肉販売卸店「牛L瀬ミート」を営む根岸勝利さん(69)を招いて開かれ、佐藤さん(仲人業)、秋元さん(弁当宅配)、丹治さん(ワープロ修理)、泉関さん(ホース修理)ら6人が参加しました。

 佐藤さんの司会で、自己紹介したあと根岸さんが語ってくれました。
町に引っ越し、現在に至っている。

 ■「根岸」なのに「広瀬ミート」?
 生粋の総社っ子。若いときはサラリーマンで組合の活動や、若者サークルなどやり、何度か職を転々と変えながら(自叙伝が書けるほどだが)、高崎へ来て「福田屋」という通町にある大きい肉屋に勤めた。大利根団地に「スーパー福田屋」を開いたとき肉屋を手伝っていた。しかし手を広げすぎて会社は倒産。約40年前27〜28歳のころ。そんなとき、広瀬団地のスーパーのなかで肉屋をやってみないかといわれ、「広瀬ミート」を開業した。
 その後南町(現在の桑原動物病院)に店を借りて移転した。
 しかし、当時六供町に上毛シルクプラザの出店で反対運動が盛り上がった。店の前の南部環状線が区画整理で広がる話が出たこともあり、総社売より卸の方が多くなっている。

 ■民商との出会い
民商との出会いは、15〜16年前、税理士への年間顧問料が諸々で約100万円払っていたため、会費を払えば民商が応援してくれると聞き入会。そして今日に至る。いま玉村町の県食肉市場の買参人(ばいさんにん)として組合員になっているが,買って来て解体が必要で、結構体にきつい。以前よりは買い付け量は減らしている。

 ■食肉をめぐる状況
現在大手の肉販売卸店はスターゼンや日本フード、県内にはミツバミートなどがある。群馬は牛よりブランド豚が多く「もちぶた」「麦豚」「福豚」などがある。食肉処理場からは群馬の牛をアメリカに出荷している。      (つづく)

◎時代は脱原発 自然エネへの転換と 中小業者の出番 =大野会長 欧州視察の旅=(4)最終回  風力発電社、エネルギーを自給する村(ドイツ)(13/02/11)
大野さんの再生可能エネルギーへの転換へ先進例を学ぶ欧州視察の旅は7日目に入り、最終コーナーへ。旅日誌の続きです。

 ●7日目(11月2日)ミュンヘン(環境省=EU・ドイツ連邦の再生可能エネルギーの到達点と今後の展開)
 →アウグスブルグ(RE自給村フライアムト=黒い森の中南西部)(夕刻=アウグスブルグ商工会議所・再生エネルギーについて)

(大野さんの日誌から)
 いよいよ最終盤  快晴

◎環境省で90分のレクチャー
 環境と命を守ることは人類の課題
 大企業も小企業もそこには変わりがない 
 ただ、レクチャーの中でも有効に人材(監査役)を配置でき税金や手数料等有利に得ることのできる大企業が、有利に営業活動ができる
 アメリカいいなり、大企業いいなりの日本とは違うが、資本主義の国にはちがいはない
 国民の立場で大企業の民主的規制が必要


◎アウグスブルグでのバイオマス、MRT風力発電社(写真下)の視察

◎夜の講演も人類史的立場にたっての話(写真) 
 10万年経たねば放射能は地球上からなくならない。ネアンデルタール人の時代までさかのぼることになる
 一企業がここまでやるのか 
ただ気になったことあり、その後懇談。

 久しぶりに日本酒を飲んだ。米国産のものだが
 昨日ミュンヘンではビールバーに行った人達もいたようだが早々に今日は寝る。
 残金50ユーロ−3枚  10ユーロ1枚 ほか

●8日目(11月3日)アウグスブルグ→フライブルグ(エネルギー自給村フライアムト視察、ドイツ環境自然保護連盟事務局長・シュルツ氏のレクチャー)
 視察も第4コーナーから直線コースに     午前バスにて移動
 フライブルグ着〜バスを乗り換えて田舎へ

◎太陽熱、バイオ、チップ  様々な再生エネルギーを活用して 熱、電気 続いて風(協同出資) 90mの高さにおどろく。 

◎夜はシュルツさんからレクチャー
明日は6:00朝食 6:30出発
風呂に入って早く寝よう

いよいよ帰国
 バスでの移動は2000kmだった

● 9日目(4日)帰国へ。フライブルグ→チューリッヒ→ウィーン→成田着(11月5日朝)
 10万年経ってもなくならない放射能。いま自・公政権によって再稼動、新増設が狙われるなか、原発ゼロ、の立場で、自然エネルギー・再生可能エネルギーを普及・発展させるときだ。担い手は、中小業者や農家。このことが地域循環型経済に貢献する。
 群馬は、森林、風力、水力、地熱などの条件に恵まれ、行政とも力を合わせれば自然エネルギー転換への可能性が開かれる。中小業者の可能性もここにあることを学んだ視察だった。   (終)

 【写真左上:MRT風力発電社の前で。2列の左から3人目が大野さん (ドイツ・アウグスブルク) 写真右上:小型の風力発電のプロペラも(青いもの) 写真下:環境問題活動家のシュルツさんからレクテャーを受ける(11月3日夜)】
<資料>
 ■ドイツ フライブルグ フライアムト村
エネルギー自給村で知られる
・フライブルグの北東20km・黒い森の中南西部にあり、48%が森、他は牧草地
・面積52km2 人口4300人 
・REのとりくみ=風力発電:5機総出力9,7MW(年間 
  1850万kWの発電、村の使用料1200万kW万)
・太陽光発電:200軒の民家に設置2600kWpの設備
・バイオガスCHP*余熱による地域熱供給
・小水力発電
・風力2機:1997年142人の共同出資(50人は村民)
・風力2機:2004年193人(前142人を含む)

◎久保田さんの記事が商工新聞1面で紹介 商売交流も 1月度経営元気塾(13/02/05)
 食事を楽しみながら隔月に開かれている経営元気塾。1月度は11月に新装オープンした「かぶらや葡呑(ぶのん)」で。釜焼きピザとワインが売りの店に、佐藤塾長ら4人が集まりました。
 今日の話題は、1月28日付けの全国商工新聞1面「経営+プラス」で紹介された機械据付業の久保田優さんの記事。商売を語る会で紹介された久保田さんの仕事ぶりに目に留めた商工新聞記者が、「建設関連の業種が少ないのでぜひ紹介したい」と掲載されました。
「ここのところ忙しい」という久保田さんはこの日も現場から作業着のままかけつけました。
 「商工新聞に広告を載せたとすれば何十万円の価値がある」「記事を読んだ読者から、仕事の注文がくるといいですね」など、仲間もいっしょに喜びました。
 佐藤秀幸さん(結婚紹介)は、商売交流タイムで「現在2924人の成婚が年内順調にいけば3000人(1500組)になると思う。そうしたら私も『商売を語る会』で語りたい。商工新聞にもPRしていきたい」と語りました。またこの間、会社の5年後・10年後を見すえて、約70ある支部のネットワーク組織を継承していく仕組みづくりをさらに工夫していることを紹介しました。
 高崎市の住宅リフォーム助成制度と比べると前橋市の助成はエコや耐震などに限定していて、本来の制度とは言えず、民商として抜本的な改善を求めて署名を始めていることなどが話されました。
 2月度は、25日(月)午後7時半から、民商事務所で隔月に開かれる商売を語る会です。「ぜひ話してみたい」「この人の話を聞いてみたい」という方はぜひご連絡下さい。

【写真:左手前が久保田さん。左の奥がオーナーの吉原さん。1人おいて佐藤塾長。かぶらや葡呑(ぶのん)にて】

◎時代は脱原発 自然エネへの転換と 中小業者の出番 =大野会長 欧州視察の旅=(3) ザルツブルグ(オーストリア)からミュンヘン(ドイツ)へ  その(3)(13/01/30)
 自然エネルギーへの転換と、中小業者の可能性を探る全中連主催の「欧州視察の旅」の旅日誌紹介(その3)です。
 前橋民商大野会長の旅日誌は4日目から6日目に。オーストリアからいよいよドイツに入ります。

●4日目(30日)ギュッシング→ザルツブルグへ(358kmの移動) 早朝よりバスの旅。晴。
左ハンドル、車線も違う 何とも不思議。
ザルツブルグ(塩の城)市内観光  ミラベル宮殿と庭園
大聖堂  モーツアルト生家(写真左上)
 ホーエンザルツブルグ要塞(写真右上)など見学
 残金50ユーロが4枚

●5日目(31日)ザルツブルグ
◎バスで移動 フロニウス社訪問(写真下) 工場見学とスマートグリッドに関する説明を聞く
再生エネルギーへの挑戦 その熱意に感動 これを記すペンも当社のもの

◎帰路 ザルツブルグAG社=会社概要=3つの発電
 水力  83.68%
 火力  15.33%
 バイオ  0.99%
交通機関へ供給 2050年までに80%に  依存から供給へ
共同―協同  小さく始めて大きく

             ※
H(ホテル)着―近所のスーパーで夕食用意3人で39.6ユーロ
<あったら良かったもの>
 味噌汁、醤油、たくあん、飲物8アルコール含む)。連泊の時は選択可
ポット(暖)、栓抜き、テープレコーダー、万能ナイフ、ライスパック、ラーメン

●6日目(11月1日)ミュンヘン(ドイツ)―1日目― 
ミュンヘンに着いた  晴
ああここが国境!
田舎の畑はキレイに整備されて家々の屋根にはソーラーの設備
 施策として補助金や助成金が出されればもっと日本でも普及するのではないか。
(いま以上に)電力や熱を発生さ競る設備の研究開発と逃がさない断熱効果を生む一層の研究が必要
 進めさせるには3つの要素と言われたが、改めて感じうるものがある。
残金50ユーロ3枚 1ユーロ;1枚(1ユーロは1月17日現在117円)以下続く。(1月14日、21日付け商工新聞に欧州視察特集)

■フロニウス社
 従業員:3250人
 売上:約5億ユーロ(2010)
 輸出率:製品の95%
プレゼン「スマートグリッドプロジェクト」
 バッテリー充電システム、太陽光発電、溶接技術
日本のパートナー企業 愛知産業

■ザルツブルグAG社
 従業員:2000人
 顧客:25万人
 輸出率:製品の95%
プレゼン「スマートコミュニティ」
 エネルギー、テレコミュニケーション、4G通信ネットワーク
小水力発電事業:3つのプロジェクトに投資
(1)5MW・17GWh/年、4,900世帯に給電 (2)56GWh/年 (3)2,600世帯に給電・熱40GWhthはペレット工場の乾燥用

◎オーストリア ザルツブルグ
スマートグリッド計画
経過  2008年5月 ナショナルプラットホ―ム「スマ―トグリッズオ―ストリア」結成
 2010年10月現在電力会社30社参加
第1号モデルに決定、助成金310万ユーロの助成金
目的  
・多数の分散型発電の統合と融和
・省エネとエネルギ―効率の向上によ 
 るCO2削減
・エネルギ―の自立性
・2020年までに再生可能エネルギ―
 比率34%実現


◎群商連が群馬県と懇談 地域を支える中小業者への支援強化を要望(13/01/28)
 群馬県商工団体連合会(群商連:大野会長)は1月22日、地域経済振興と中小業者支援の強化を求めて群馬県と懇談しました。県内の民商から13人が参加、県側は高橋産業政策課長や各課の主査らが対応し、事前に群商連が12月に提出していた要望書への回答をふまえて「意見交換」しました。
 懇談の冒頭で大野会長は滋賀県の産業振興条例を紹介し、県の責務が明記されていることを指摘した上で「群馬県の中小企業憲章には県の責務が明記されていない」と指摘しました。懇談の主な項目を紹介します。

●県が住宅リフォーム助成制度創設し積極支援を
 建築住宅課は「来年度から耐震改修補助をする自治体に対し支援する制度を検討する」と回答。参加者は「桐生市の制度は工事費の10%補助で魅力が不十分。県が制度化し上乗せを」、「高崎市は市長が民商の要望がきっかけで制度化し、市の助成額の5倍の経済効果を上げている」など発言。前橋の店橋事務局長は「前橋市はエコや耐震に限定した助成制度で申し込みは少ない。幅広い対象に助成する制度をつくり、秋田のように自治体と併用して使えるようにイニシアを発揮すべきだ」と要望しました。大野会長は、「建築住宅課で扱えば、住宅機能の対応になる。地域経済を元気にするということが大事で経済対策として位置づけるべき」と発言。同趣旨の要望で日本共産党の伊藤県議も要望。

●金融円滑化法期限を前に保証協会への指導を
 3月末の金融安定化を前に、信用保証協会が責任共有制度を押付けるなど「保証渋り」をしていることから、積極的に県として指導をしてほしいと要望。これにたいし、県は「要望を伝える」という消極的回答にとどまりました。
 (※懇談後、県は群商連への連絡で、円滑化法終了後の対策で県が作った「中小企業支援ネットワーク」(保証協会が事務局)の情報を群商連にも提供することを検討したいと約束しました。)

●原発事故損害賠償問題 被害の実態把握を
 東京電力福島第一原発事故による損害賠償について、「東京電力は釣り堀業者への請求を却下した。中間指針にもとづいて支払うというが、中間指針にすら沿っていない」と述べ、東京電力へ指導するよう要請。群商連の石関事務局長は「こけしなど群馬の地場産業にたいする被害の実態を把握し、損害賠償請求の支援を要望してほしい」と要請しました。酒井県議は原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)では52件のうち4件しか和解してない現実を紹介し、被害者への賠償に理解を求めました。

●企業の海外進出について
 企業の海外進出にあたり、県は「県内に生産拠点を残し、雇用を守りながら海外展開を図る支援を」と回答。これにたいし参加者は、「県が主導して地域経済を守る政策を進めるべきだ」「高崎市は商店街の改修補助制度を創設する予定だが、このような直接的補助が必要だ」など、地域経済を支える中小業者への支援を重ねて要請しました。
 また大野会長は「TPPは農業中小業者にも大いに関係がある。参加に反対すべきだ」と県が明確に反対の態度をとるよう要請しました。

◎時代は脱原発 自然エネへの転換と 中小業者の出番 =大野会長 欧州視察の旅=(2) ギュッシング市(オーストリア)へ  その(2)(13/01/20)
●3日目(29日)ギュッシング市の続き
 ギュッシング市長から説明受ける。
 @バイオマスエネルギー※への転換
バイオマスエネルギーにとりくんだきっかけは40年前から出なくなる石油が背景に。20年前、東西の鉄のカーテンが壊れ、28年前から始まった。地域の資源が活用できないか。我々は貧しい町なのか?
 電気を買っている現状から、再生可能エネルギーへ転換は、大電力会社の抵抗もあった。
 Aバイオマスの成り立ちと現状
 まずコンサルタント会社を設立した。デモ(発電などの施設をつくり実演)で見せる。
 木製のチップ→木酸化、バイオマスによりガスを作り、発熱・発電で使用する。いま39プラントがある。分散型(需要)の研究開発を進めている。
 大学との連携では26名の研究員がいる。企業(クライスラーほか)などのパートナーもいる。
 B教育
 幼稚園から。消費しないエネルギーについて。
 オーストリアで唯一のソーラー科がある。
 Cサービス
 ヨーロッパ唯一のコンサルタントを置く。コンセプトは環境観光。年間3万人 が観察に訪れる。水力はオーストリアでは使われない。60%が風力で、200mの高さのものもある。太陽の光の活用も。
○牧草も燃料に
 牧草は1ヘクタール→車が4万km走行。ヴルゲンランドの森公社は、隣接のハンガリーを含む50kmの範囲から木材を採取。
 50者 業種  エネルギー使用前と比べ、フローリングの会社が増えた→
木材加工で300人雇用増。(別項)
○ガス化
 太陽熱+チップ→熱供給
 断熱性の技術は日本から導入。
バイオ・・・牧草・メタンガス。(タールをどうするかが課題)
 ドイツ・・・バイオ施設5000ヵ所。


<地域循環型>   同行した大友詔雄自然エネセンター長の解説。
  地産地消。
   施行は地元業者だけではない。
  必ずしも地域内だけではない。
  木質バイオマスについて
 3拍子が大事  
  @馬鹿者(熱中できる人)がいる 
  A若者がいる
観光客が3万人増えた。   
 観光客は「緑のしずく」。
            *
  (以上がギュッシング市内で各地を 
 視察した、大野さんの日誌です)

 ※バイオマスエネルギーとは、生物資源を燃焼したり、ガス化して発電することです。


  《オーストリアのギュッシング市とは》
 ハンガリー国境に接した、人口約4000人の市。20年前は商工業や企業がなく、地元雇用は少数で、住民の70%がウィーンに勤め、週末に滞在する貧しい村で、光熱暖房費がかさんでいた。
 1992年、P・パデッシュ氏が市長となり、地域資源である自然エネルギー資源を総動員し、地元に分散型エネルギー供給体制を築き、エネルギーの自立を提唱。市域内資金の市域外流出額を抑制するとりくみを進め、05年には市域外流出額をゼロにすることに成功した。
 この結果、地域内循環額は91年段階の65万ユーロから、05年の1360万ユーロへと飛躍的に増大した。
 熱エネルギーを、フローリング工場の乾燥用に半額で供給した結果、企業進出が進み、05年段階で50企業、1100人の雇用増があった。観光客も増えて、ホテルも建設される。
 活用した地域資源は、太陽エネルギー、木質系バイオマス、農業系バイオマス。電気は、太陽光発電に加えてバイオマス発電所を設置。この発電の成功により、エネルギー自給が実現した。熱は、地域暖房(熱供給配管全長35km)として、バイオガス施設のコージェネレーションによる電気と熱の供給も実現。ギュッシングモデルとして視察が殺到している。(この項は大阪で活動する原発ゼロをめざす市民グループ「ゼロコミュのブログ」がよくまとまっていましたので参考にさせて頂きました)

【写真上:ギュッシング市の郊外にある太陽光発電の前で(中央に大野さん) 中:牧草も年4回ほどバイオマス燃料になる(集積場) 下:牛の排泄物を燃料にするバイオマス施設】

◎時代は脱原発 自然エネへの転換と 中小業者の出番 =大野会長 欧州視察の旅=(1) ギュッシング市(オーストリア)へ(13/01/03)
 前橋民商の大野豊文会長は、全中連(全国中小業者団体連絡会)40周年記念の欧州視察の旅に参加しました(昨年10月27日〜11月5日)。欧州で見たものは、原発に頼らない、自然再生エネルギーの先進事例でした。そしてその主役は地域自治体や国の政策転換をうけ、自然のエネルギーを再生する中小企業のパワー。新時代は中小業者の出番に。なぜ大野さんは視察に参加したのか?「旅日誌」を数回に分けて紹介します。

その((1))
 2011年3月13日。私たちは東日本大震災に襲われ、福島原発事故が起きました。日本の歴史上初の事件に大企業・財界が何一つ学ぼうとしないときに、中小業者(企業)から脱原発と省エネ、自然エネルギーの開発と普及へのとりくみが始まっていました。原発に頼らない安心できる社会の構築をめざせば地球環境保全や資源保全、新産業の発展、雇用の創出・増加、エネルギー自給率の向上、農山村の発展や食料生産の維持などをはじめ、国際貢献、平和への貢献になることが論じられていることを知りました。私はここに新時代の要請に応える中小業者・企業の創意と挑戦があると決意し、全中連40周年記念の欧州視察の旅に参加しました。

●1日目(27日)いざ成田からウィ−ンへ
 飛行機は定刻(11:15)に出発。
日本海にでる頃は眠る。到着前まで寝酒を持ってくれば良かった。予定通り(17:45)ウィーンのホテルへ着く。
 夕食は180gのステーキ。
 夜中の12時にめざめ、これ(旅日記)を記す。外は雪。チップは2ユーロ。枕元に置くのがルール。

●2日目(28日)ウィーン 
  晴。市内を自由見学。地下鉄にも路面電車にも1日中乗っても切符は1枚に感動。
シェーンブルーン宮殿へ。日本語の携帯イヤホンには驚いた。シュテファン寺院やモーツアルトハウスなど自由にまわる。作曲家たちの胸像と関係する建物も。 翌朝も雪。

●3日目(29日)ギュッシング
 どんより曇り。午前、市長よりレクチャーを受ける。
 チップによる発電、天然ガス、バイオマス処理発電の説明を受ける。再生可能エネルギーへの転換に向けて市長を先頭に住民意識の高揚転換が必要だ(次号に概要を紹介)。見学後に質疑応答を行う。
 <木質バイオマスモデル地域視察>
・ギュッシング市役所
・バイオマス発電設備
・太陽エネ暖房供給設備
・バイオマス設備
 昼食をとったレストランのママに聞く。12年前に商売を始めたが、観光客によって十分もうかっているとのこと。 (次回へ続く)

《写真上:ウィーンにて  中:木質バイオ発電処理工場(ギュッシング) 下:木質バイオマスのチップ集積場》

◎【商売を語る会・15回(下)】私の誇りは、1回も給料が遅れたことがないこと 草刈り機から重機まで、エンジンのあるものなんでも修理  新井史朗さん(重機・自動車修理)(12/12/17) 
 (前号の続き)「商売で困っていることがある」と新井さんが「取り引き先の土木業者(県内の民商会員)との間に売掛金がたまり、回収に頭を痛めている」というもの。この問題を受けて参加者が意見を交換。
 ■売掛金の回収・こげつかない仕組み
  丹治さん(ワープロ修理)は「修理代が5万や10万の部品ならともかく、高額なときは頭を下げて半分出してくれと頼む」。「焦げ付きには鬼の顔を持てるかどうかです」
 泉関さん(ホース修理)は「ある客は10万円ずつ払うといいながら、雪だるまになり600万円にもなった。仕事は見切りをつけた」「1年半で150万円焦げ付いた人に、知らずに60万円の仕事を出してしまった。鬼石町まで10日ごとに通い、回収した。こげついたことがわかったらむこうを殺してもダメ」。 
 佐藤さん(仲人業)は「私はエンドユーザーが相手で、価格決定権を持っており問題ない。入るときと見合いしたとき、成婚したらお金をもらう仕組み。まれに成婚後黙っているカップルがいるが、あとで分るので、自宅や会社を訪問して倍額払って頂く。2004年に役務の提供を決めた特定商取引法ができて良かった。支部長(仲人)からは、始めるときお金をもらい、月々会費をもらうが、2ヵ月滞るとニュースを送らず、やめるか送金するか判断を求める。遠方の支部は見合いを組んだときと結婚のときにお金をもらう。70人の支部長さんがいてスタッフは3人のみ」と仕組みを紹介。丹治さんからは「佐藤さんがつくられたフォームはすばらしい」と絶賛も。
  新井さんは「うちがつぶれたら仕事ができないよ。金をくれよと根気づよくつきあっている」との話。また、制度融資の活用も紹介。

 ■入って良かった民商&経営者の誇り
 「民商に入って良かったこと」の質問に新井さんは「気軽に融資を受けられることを知った。いざとなったら“ごめんなさい”もあるんだと。それまでは従業員のことを考えると、毎年年末は来年も持つかなと思っていた」。
 「小さな草刈り機から大きな建設機械まで、エンジンがつくものはなんでも直す」。溶接もしており、鉄工所と同じことやっていて、漫画(図面)を書き犬小屋も造ることも。新井さんは最後に「私が会社をつくってからは一度も給料が遅れなかったこと」「後継者も決めている」とのべ、温厚な人柄に経営者としての誇りをにじませました。   (終)
                     ・・・・・・
《特殊車両・一般車両修理・販売》
  有限会社 群建サービス  
  佐波郡玉村町藤川157−10
  電話0270−64−7368
※次回は1月28日に経営元気塾、2月には16回商売を語る会です。

◎【商売を語る会・15回(上)】ディーラーにはできない特殊車両すべてを修理  新井史朗さん(重機・自動車修理)(12/12/09) 
 15回となる商売を語る会は11月26日、初めての温泉一泊(伊香保)で開かれました。
 夕食のあと、リラックスして会は進行。この日の語り部は、自動車修理業の新井史朗さん(68)=東部支部=です。佐藤塾長(結婚紹介)をはじめ、泉関さん(ホース修理)、久保田さん(機械据付)、丹治さん(ワープロ修理)ら7人が参加しました。

 ■15歳で社会へ
 新井さんは、中学校を卒業した15歳のとき、「自治体の失業対策事業」に従事していた母親を助けようと、前橋市内の軽石ブロックを造る機械の工場「関口製作所」に就職。 しかしここで鉄板をたたく作業をしたことが原因で、耳を悪くしてしまい今も障害が残っているといいます。 「虫の音は聞こえない。アブラゼミの声がずーっと聞こえるようになり、8ヵ月後の11月に退社した」。そのあと、自動車修理工場の「中沢モータース(のちの「前橋重車両」)に入社。そのころ建設業界に進出していた「日本特殊車両」のブルドーザーも手がけるようになりました。

 ■民商との出会い
 「34歳のとき、民商に一度入ったことがある」と新井さん。 「前橋重車両」に勤めていたが、会社の対応と意見が合わず、退職しました。知人の会社でフリーとして働いた際、申告が必要となり、入会したのが民商との出会いでした。
 半年ほど過ぎたころ「群馬建機」の社長から「うちの会社でぜひ働いてくれ」と頼まれ、また会社員になり、民商は退会。 
 17年ほど経過したある日、社長が「うちの会社は、違う分野の仕事(上下水道設備)に切り替えたい。修理部門の仕事は新井、お前に任せる」と言って来た。「悩んだが、個人会社『群建サービス』を開業し、事業を引き継いだ」。その後、法人(旧Q建サービス)を設立し97年7月、民商に再入会して、16年目に入りました。
 「民商には融資についての考え方や、社員を解雇せず雇用を維持する雇用調整助成金の活用などで、世話になって来ました」。
 会社では新井さんのほか、事務の人を含め4人が働きます。「わが社の強みは一般の自動車修理のほか、高所作業車、建柱車、重機のすべてを修理できること。トヨタなどディーラーには決してできません」。新井さんは力を込めて語りました。(次回へ続く)
              ・・・・・・
《特殊車両・一般車両修理・販売》
  有限会社 群建サービス  
   佐波郡玉村町藤川157−10
   電話0270−64−7368

◎小企業・家族経営こそ日本と地域経済の主役   持続可能な社会・循環型社会の担い手 第10回群馬県中小商工業交流集会開く(12/11/22)
 群馬県商工団体連合会(群商連)が主催した第19回中小商工業者交流集会は18日、桂萱公民館で開かれ93人が参加しました。
 午前の記念講演では、「日本版・小企業憲章」の提案で中心的役割をして来た全国商工団体連合会(全商連)の太田義郎副会長(写真)が「小企業・家族経営の存在意義」と題して1時間半講演。リーマンショックや東日本大震災を経た日本と世界の経済情勢をわかりやすく読み解きました。時代のゆきづまりのなかで、大局をとらえるポイントを述べました。持続可能な地域社会をめざして、中小業者に求められる役割について語りました。
 
 日本の就業人口のうち65%が中小業者で、群馬では75%にも上っており、雇用や技術革新、地域経済で中小業者が果たしている役割を強調しました。
 また「大量生産・大量消費のシステムは限界を迎えた」と指摘し、中小業者こそ地域旬間型社会の主役であり、地域のさまざまな階層や研究機関など「オール○○(群馬など)で考えるよう」と力説。太陽光や風力など「再生エネルギーの分野などで新しい仕事のネットワークづくりが始まっており、群馬でもつくろう」とよびかけました。

 午後は「地域を支える中小商工業者」をテーマに3人のパネリストが報告。高崎の米山康夫さん(フェザー製造販売)、青木五五さん(建築)、樋口幸夫さん(建築)はそれぞれの商売へのこだわりを語りました。前橋の丹治幹夫さん(ワープロ修理)もフロアー発言しました。「太田さんの話は大学の先生より分りやすく具体的良かった」「群馬でも、再生可能エネルギーなど事業化へとりくむヒントをもらった」など感想がだされました。

◎原発事故の損害賠償請求 群商連が窓口に認定 全商連が東電、経産省交渉(12/11/02)
 全国商工団体連合会(全商連)は10月26日、東京電力本店と経済産業省に損害賠償問題で交渉しました(写真)。群馬から藤川さん(渋川民商・こけし製造)、石関群商連事務局長、店橋事務局長が参加しました。東京電力は群馬県商工団体連合会(群馬県商工団体連合会)が損害賠償請求の交渉団体窓口になることを認めました。
 ●東京電力本店
 東電との交渉では「加害者としての賠償責任を果たしなさい」と強く要望。中間指針に記載されていないことは対応しない態度に参加者の怒りがわきました。
 群商連の石関事務局長は交渉の窓口になることを要望しました(2面に要望書)。東電は「わかりました」と答え、損害賠償請求の窓口となることを認めました。画期的な成果で、今後の賠償請求運動に大きな力となります。
また、渋川民商の藤川さんの賠償請求が却下されたことについては、再検討を約束。今後、群商連と賠償担当者との話し合いの機会をもうけることになりました。
 ●経済産業省
 経済産業省との交渉では、「中間指針は賠償の最低限基準。原発被害との因果関係があれば、賠償するよう東電に指導している」と回答。東電本店との姿勢に違いがあることが明らかになりました。店橋事務局長は、東電が福島県以外のコンパニオン派遣業者の直接請求は認めないとした問題について改善を要望。これに対し経産省は、「東電本店に伝える」と約束しました。
  ◎損害賠償請求すすめよう
 観光業組合や旅館組合などと違い、小さい業者や組合がとりくめないところでは損害賠償がすすんでいません。泣き寝入りしている業者もいます。
 要求を掘り起こし、東電に損害賠償を迫る運動はこれからです。
 民商・全商連は、原発からの撤退を求める請願署名を広げるとともに、「原発被害の損害賠償請求なら民商へ」と相談活動を行っています。
 前橋民商は毎週木曜日午後1時半から、事務所で原発損害賠償相談会(無料)を行なっています。ひとりで悩まず、まずはお電話下さい。
【写真左は東京電力本社との交渉。右は経産省との交渉】

◎【商売を語る会・14回(下)】奥の深い仕事 難しいほど達成感が 久保田優さん(機械設置工事)(12/10/25) 
(前回の続き)
 「つい面白い話だから引き込まれた」と感想が出され、商売交流に。吉原さん(葬祭)は「私も会長職。前橋民商で一人しかいない業種。半径10`以内で商売をする。遠くで商売できるのがうらやましい」。西川さん(茶器・花器)は「ネットで欧米から日傘の注文が来た」と紹介。キャタピラ三菱にいた泉関さん(高圧ゴム修理)は「久保田さんと共通する客は多い」と語りました。派遣労働者の経験もある新事務局員の田村さんは「家族やお子さんと遊んだことがないというのは私も同じ。家に帰れず、子の寝顔をみる。いつか分かってもらえると思って」との発言が。
 従業員養成などの質疑のあと、仕事のやりがいを久保田さんが語りました。

◆久しぶりにいい仕事見たと言われた
 この仕事は奥が深い。大きな会社より小さな会社の従業員の方が仕事はできると感じる。むずかしい、やりづらい仕事ほど達成感につながる。
 県外の仕事である現場の所長が搬入する機械で傷つけないか、品物が通らないのではないか、一体どう作業するのか見ていた。設置したあと、所長によばれた。「久しぶりにいい仕事を見せてもらった。“くぼちゃんこれ”」と酒を2升用意してくれた。そして「群馬に行ったときはまた俺の仕事をしてくれ」と言われたたことがある。達成感がある仕事をすることでまわりは好意的に見てくれると思った。 

10ミリの隙間もない場所への設置
 最近の仕事は既存の建物の中への機械の入れ替えが多い。既設の機械はばらしてすぐ出すことができる。誰もが搬入のときに接触すると思う箇所は、向こうの機械もこちらの機械もビスを一つ外す。大丈夫のところは薄い鉄板やプラスチックを挟む。どうしても当たるときはこする場合も。何ミリか余裕を見る。時には「機械が大きいのだから当たっても仕方がない」とも言っておく。配管とか温度計などは外す。バルブがついていると冷暖房しながら働いている。温度計をホルダーから外し、バルブの頭をはずすとか。どうしても当たるときは傾ける。上に当たるのはやむを得ない。ローラーのあとコロで段階的に下ろして行き、最後は鉄板の間に注油して滑らせて動かす。
 10ミリも隙間がない場所は相当ある。臨機応変に対応する。ある程度の遊び心がないといけない。売上は上げる気になればむずかしくない。しかし資金ぐりもあり、会社の力量を超えないようにしている。
・・◉・・
 「職人根性がすごい」と評された久保田さん。52歳に2人で始めた会社は、娘婿の山崎文康さん(38)に社長を譲り、今も15人の1人として第一線に立ちます。
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  有限会社 中央機工
重量物、機械、設備、移動据付、鳶一式
   前橋市元総社町1128−1
   電話027−289−4931
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●次回語る会は11月26日。語り部募集中です。

◎【商売を語る会・14回(中)】メーカーにできない手作業の道を選んだ 久保田優さん(機械設置工事)(12/10/17) 
(前回の続き)
 仕事がつながるようになると、資金ぐりがにっちもさっちもいかなくなる場面もあったが、民商の仲間や先輩からアドバイスをもらった。これでダメかなというときもあったが、1つひとつしのいでここまできた。

 ◆産業機械より空調機械で道ひらく
 仕事の内容は、重量品の据付けで、空調機械や産業用機械の設置。産業機械は実績のある大きな会社が固定していて参入しにくい。しかし空調機械の搬入は手作業だ。産業機械はほぼ平らな場所への設置だが、空調機械は狭いところや段差のある場所へ手作業で行う。メーカーはやりたくない。それではこっちの方に「道」があるかなと思った。
 機械をトラックで運び、クレーンで下ろし、コロと台車にのせ、引っぱり据付け場所まで持って行く作業。道をつくり、段差を解消しながら工夫していく。広い場所での設置はなんてことはないが、ダクト、配管、電気足場などがある現場が多い。
 やり方は行く通りもある。その中でいかに安全で効率的に進められるかを選ぶ。作業は「確実に、傷などを付けず、ていねいに、早くスムーズに行う」ことを心がけている。

 ◆20トンの機械も動かす
 (質問=「メーカーの作業部門はそこまではやれないが…」)
 やっていて面白い仕事だ。客が違う、現場が違う、品物は違うし、同じものでも重量が違う。大きいものは20トンぐらいの空調機もある。
 最近は、大きいダクト配管で持って行くよりも、室内機や室外機の冷媒を銅パイプでつなぎ、効率の良い方法に変わってきて、作業も変化している。
 (質問=「20トンもの機械はどのようにして設置するの?」
 普通の鉄コロ(棒)や専門のローラーがある。つぶれないようなしっかりしたローラーが。これにのせて、設置場所の近くまで移動し、ジャッキで微調整し据付ける。
(続く)
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 有限会社 中央機工
重量物、機械、設備、移動据付、鳶一式
        会長   久保田 優
   前橋市元総社町1128−1
   電話027−289−4931

◎【商売を語る会・14回(上)】仕事を自ら取り 仕上げるやりがいを実感 久保田優さん(機械設置工事)(12/10/05) 
  14回目の商売を語る会は9月24日に開かれ、空調機器や機械据付工事業の久保田優さん(写真:67歳・中川支部)の話を聞きました。佐藤さん(結婚紹介)をはじめ、7人が参加。
 赤城南面運輸(第一建工)で大型トラックやクレーンの運転手、砂利プラント機器の搬出入据付をしていたが、なぜか「久保田は退職するようだ」という噂が流れ「事務の女の子までいつ辞めるのかと問われるまで広がっていて、30年勤めた会社を辞め、平成9年に独立した」と久保田さん。52歳のユニークな独立開業でしたが…。

 ◆52歳で独立、仕事がなく なんでもした 
 不況のまっただ中、「なんとか仕事はあるだろう」と思っていたが、どこに行っても見つからず。常用雇用で行っていたが「請け負って仕事をしたい」と動いた。はじめは商工会議所に行ったが、知り合いに「民商に行って相談を」と紹介された。姉にも「民商がいい。何から何まで面倒を見てくれる」と勧められ、入会した。まず建設業登録で世話になった。1人ではむずかしく、助言を受けて許可が取れた。 
 甥と2人でやり出し、すぐいろいろな人が協力してくれた。空調機器やダクト・配管屋の知り合いから現場や所長を教えてもらい、自分の仕事が終わった5時・6時から飛んで行って話を聞いてもらった。帰りが夜9時、10時過ぎになったが、翌朝は5時・6時起きで紹介されて取れた現場へいく。群馬には仕事のチャンスがなく、福島や長野・新潟・甲府の県外がほとんど。知り合いに頼って、仕事と営業活動をくり返しながら、寝ているのか起きているのか分からない日々が続いた。でもつらいと思ったことは一度もない。自分で仕事をとり、自分でやるのだから、人の親切が嬉しくて感謝の連続だった。
 「金なく客なく仕事がない」のないないづくしは続き、草むしりや廃材の火燃し、ドブ掃除もやった。女房には申し訳なかったが、子どももどこへも連れて行ってやれず母子家庭状態だった。女房には「自分で勝手に仕事を始めた。大丈夫か」と心配され、いままで言われ続けて来た。

 ◆ないないづくしから 見積り依頼が来た
 開業後3〜4ヵ月過ぎた頃、ぼつぼつと「据付の見積りしてみて」と言われるようになった。仕事を続けなくてはならないので「多少安くてもいいから、仕事さえあれば」と見積りして受注できた。
 手が足らなくなると人材派遣を頼んだ。素人なので品物に傷をつける社員もいたが、教育した。運良く仕事がつながるようになってきた。(続く)
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 ■有限会社 中央機工
  重量物、機械、設備、移動据付、鳶一式
        会長   久保田 優
   前橋市元総社町1128−1
   電話027−289−4921

◎【商売を語る会・13回】 川田さんが商売と人生大いに語る(最終回)  料金は安ければ良い?  川田啓子さん(美容師)(12/09/03) 
(前号の続き)川田さんと参加者がやりとり。

 川田:私はやりたいと思ったことを自然に実現して来ている。夫も「お前が男だったらたいした人間になっただろう」と言い、まわりもそう思っているかもしれないが、私は特別なことをやりたいとしている訳でない。でもやって来ちゃったのが不思議、と思っている。
 消費税が5%になったころから、理容も美容も安売り合戦が続いているが、値段を崩すことは大反対。消費税が5%になった頃から値崩しが始まった。しかし値段を下げたら客が増える世の中では絶対ない。パーマとシャンプーでウチは1万円。下げていない。今疲れている人が多い。「いやし」の場になっている。
 丹治:床屋は私にとって休む場所。高い安いではない。川田さんと話すのが楽しくて行く。誠実に向き合っている。値段を落としてはダメだ。
 泉関:エステがはやっている?
 川田:美容師は超音波の器械は使えない。手でマッサージをしてリンパの流れを正常にして、疲れをとってあげる。頭から顔へ顔からあごへとマッサージを行なうヘッドスパ。娘はエステシャンの資格をとった。女性には唯一の贅沢な時間。「ここに来ると幸せよ」と言ってくれる。
 泉関:美容室はまだまだ増えている?  
 川田:すでにコンビニを超えている。チェーン店も増えているが、パチンコやホテル経営者などお金持ちがオーナーの美容室も目立つ。
 床屋の息子は美容師希望が多い。美容師の倍率は高かったが5年ぐらいは減っている。床屋さんしかできないことはカミソリを使うヒゲソリだが、長髪の男の子は美容室へいく。
 商売はガタ落ちではないが減少。娘は宮内さん(元会長・中央支部長)の美容室で5年間修行し、家に入り10年余り。親子でタイプは違うが、それはそれでいいかなと。
         ・・・ 
 川田さんの話をうかがいながら、参加者の近況報告では阿佐美さん(建築設計)が、自分も使用している補聴器を販売し好評で、年金者組合県本部として推薦をうけた話題が出されました。
 最後に川田さんは、暴走族の影響を受けた保護観察の子どもたちが続々家に居着いて面倒を見たことも披露し、当時警察に何度もひきとりに行ったが、40代に成長し、訪ねて来ることを紹介。「人が大好き」「夢を追っている」川田さんの人生・商売は参加者に「うらやましい」の感想を残し閉会へ。
 次回の商売を語る会は9月24日です。「語り部」を募集中です。希望する会員・商工新聞読者の方は民商へご連絡ください。
■ケイ美容室        
前橋市茂木町422 ☎027-283-5826

◎【商売を語る会・13回】  川田さんが商売と人生大いに語る(中) 「宮城まり子の生き方に憧れ」  川田啓子さん(美容師)(12/08/28) 
(前号の続き)
 立食パーティーには100万円かかったが、それ以上のお金をお客さんが戻してくれた。
 今は娘と2人でやっているが、西片貝の頃は4人のスタッフがいた。

  ◆とにかく人が好き
 私はとにかく人が好きだ。この気持ちが人に伝わっているのかな。何か人と人との糸があると思う。
 当時客の子(H君)が6歳で父母を亡くし、ひとりぼっちでいた。誰がさそったわけでもなく、気がついたら家に居着いてしまい、私の2人の子たちとともに育てた。H君は今25歳で大学を卒業して、東京に就職。盆や正月の母の墓参りなどで「ババ」と時々戻ってくる。これは私1人でできたことではなく、家族の理解があった。夫はミキサー車の運転手。

 (このあとは参加者の自己紹介と質問に答えながら進行)
 開業資金のエピソード。大生相互銀行(現東和銀行)の支店に開業資金を申し込んだ。22歳の娘では心配だったと思う。6日と半日、毎日午前、日中、夕方と通い続けた。「もし返せなかったらキャバレーで働いて返す」と交渉した(笑い)。支店長は根負けしたのか、当時で300万円の融資が出た。
 西片貝の店の周辺には、水商売のママや従業員がいて、一日2回来てくれて、1回1万円を置いていった時代。運も良かった。順調に返済を終え、4年後に現在の大胡に移れた。

  ◆5年、10年後の夢は
 私は宮城まり子にあこがれていて、人が好きなことから小さいものや弱いものが好き。お年寄りや子どもが好き。
 「ねむの木学園」(肢体不自由児の社会福祉施設)にあこがれ、粕川の山林で建てたいと相談をしたら、夫は「これだけは反対」と言われ、断念したことがある。でもいつか手足がしっかりしているうちに、みんなで共同して老人福祉施設を建てて、施設長としてやりたい夢はある。そうなったら美容室は娘に任せていきたい。

 参加者からは「すごい人生だ」(丹治さん:ワープロ修理)、「立派な方だと思う」(泉関さん:高圧ゴム修理)、「仕事に追われている。そんな気持ちでやれることがうらやましい」(宗川さん:翻訳)などの声や「私も10数人、世界のチャイルドの面倒を見ているが家におくことは想像がつかない。感服」(市村さん:建築=オブザーバー)などの感想がだされました。
 (次回へ続く)


◎【商売を語る会・13回】  川田さんが商売と人生大いに語る(上) 22歳で独立「人が大好き」  川田啓子さん(美容師)(12/08/18)  
 13回目の商売を語る会は7月30日、美容師の川田啓子さん(61)を語り部に迎え、6人の参加で開かれました。「22歳で独立」「人が大好き」「夢は全部叶えて来た」の話に、参加者から「すごい人生ですね」の感想が出されました。

 ▼なぜ美容師に 
 小学生の作文で、弁護士にあこがれた。中学生では教師になりたかった。その理由は、いじめにあったから。姉が障害を持っていて、姉をまもるよう父母に言われ、身長の倍もある麺棒を持ってついていった頃から、今度は自分がいじめられ。昔のいじめは死ぬまでにはならなかった。粕川中学校に入り、制服は姉のお下がりが。中3でも生意気といじめられた。中学の担任に相談した。こんなことから教師にあこがれた中学生だった。
 6人兄弟の末っ子で、入試直前に父が病死したため、高校に行けず、考えて美容師になるきっかけになった。茨城県磯浜の美容院に住み込みで修行した。22歳で帰り、西片貝町で開業(次号に開業秘話を紹介)。まもなく民商に入会した。4年後25歳で大胡町茂木に土地を買って移転した。
 ▼母の言葉 22歳の独立。
 母はサラリーマンの父の死により50歳で千代田町の十字屋近くの食堂で修行して、粕川の実家に食堂を持った。母の「おのずと金はついてくる。客が来ても来なくてもアキナイで店を開ける」という言葉が頭に残っている。
 私は、小さい頃からいじめもあったので、人が大好き。お客様がいつまでもいてほしいと思うほど寂しがりや? モノやお金でなく、人にやって喜んでもらえることや、人のつながりの大事さを母をなくして16年間たち、とくに感じる。
 22歳で開業し、大胡で36年、商売始めて40年に。5年ごとに何か転機があった。見習いの頃、赤城山を想い、泣いていた。群馬に帰りたい、小さくても店持ちたいと思い続け、22歳で夢を叶えた。美容師は15歳から、7年やっていた。苦労したねといとこに言われるが、努力した自覚はない。いまが幸せだと過去を忘れる。
 渋谷で松下幸之助の講演があり、1万5千円の講演料を出して単身聞きに言った。「隣の家がビルを建ててもすぐ建てられないが、建てたいと思い続けることで夢はかなう」など、1時間余りの講演。テープは今も持っている。

 私は欲しいと思ったものは手に入れてきた。家も持てた。運をどうつかむか。誰も運があるがそれをどうにぎるかどうかではないか。大胡町開店10周年記念のイベントを考え、宮城村の改善センターにお客を招き300人のチャリティパーティーを開いた。そのとき民商の署名も頼んだ(次号へ続く)。
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◆ケイ美容室
   前橋市茂木町422 電話 027-283-5826

◎めざすは「情報難民をなくそう」 スマホの学校が注目 龍野さん(デザイナー・桂萱支部)(12/07/23)
 急速に普及しているスマートフォン(スマホ)。「iPhone(携帯端末)を使って情報難民・独居老人を少しでも少なくしよう」を目標に、NPOネットワークをめざして自ら「スマホの学校」を主催し注目されています。「ライフワークにしたい」と抱負を語る龍野さんを紹介します。

 前橋市内でグラフィック・ウェブデザイナーの傍ら、専門学校でウェブデザインの講師をする、合資会社ブレインファーム代表の龍野正孝さん(桂萱支部)。
 現在、専門学校の講師をしながら、本業のデザイナーとともに、「スマホの学校」を不定期で開講中です。いざという「天災」の時に、高齢者や障がい者が情報難民とならないよう、「すべての人に携帯端末を」を最終目標とし、これまでに「スマホの学校」を12回ほど開講してきました(シニア・障がい者向けは無料)。

 ◆最終目標は情報難民支援のネットワーク
 この講座はスマホの使い方がメインですが、最終目標は「スマホの使い方」ではなく、国がやってくれない、高齢者や障がい者への、万が一の時の情報支援を全国的にネットワーク化し各地域に情報支援のNPOネットワークを実現することです。あくまでスマホ(デバイス)は道具としての位置づけです。
 「太古の時代は“のろし”でも情報は伝わったのと同じように、スマホ(端末)が『命』を守る一助になればと考えています」と語る龍野さん。
 今後も情報インフラ(携帯端末)は進化を続けると思われますが、進化についていけない多くの人たちを少なくするのが目的です。
 ◆被災者は無料で
 さらに龍野さんは「携帯ショップ店頭でのiPhone購入者へのチラシ配布により、販売時間も短縮できるとお店側からもありがたいとの声が上がっている。経営者向けのコースやビジネスパーソン(事業主や会社員)のためのfacebook講座なども手掛けつつ、今後は、『スマホの学校』を全国に立ち上げ、単なるビジネスではなく、プロジェクトに賛同できる経営者、独立開業希望者を募りたい」と語ります。なかでも東日本大震災・被災者の方は、完全無料で立ち上げる方針です。
 また、2012年末をめどに「スマホレディース」の立ち上げを企画中。「スマホレディース」はキャンペーンガールとして各地の講座や携帯ショップを回る予定です。

 ◆支援金、経営者募集
 龍野さんの社会貢献へのとりくみに期待の声が広がっています。NPOへの支援金(500円から)を募集中。また、群馬県内でもプロジェクトに賛同する経営者を募集しています。
《問合せは》
 ●スマホの学校・オフィシャルウェブサイトwww.s-phone.org
 ●ソフトバンク携帯直通   
      080-4658-2739
    >>>>>>>>>>>>
 ■民商スマホ学校検討中 
 前橋民商でも、龍野さんを講師に「スマホの学校」を開こうと話し合っています。決まり次第お知らせします。乞うご期待

◎前橋市が小規模登録制度を改善 地元登録業者優先に 業者・民商の要望が実現 制度の登録で仕事起こしをよびかけ(12/07/07
 前橋市は「公共施設緊急小規模修繕」を新たに施行し、これまで「小規模修繕希望登録制度」で受注が少ない登録業者に仕事を増やすことになりました。民商の要望が実現したものです。
 小規模修繕登録制度は民商が要求して制度化されました。しかし入札指定業者などに発注がされてしまい、登録業者への発注率は数%で推移。「仏つくって魂入れず」の状態は、税の完納証明や各種証明で費用をかけても、一度も発注されたことがない(建築)などの声が出され、登録業者(現在116人)が減少。民商は6月の市との懇談で「登録業者への発注率・発注額を対象工事の半分を超えるよう」要求しました。この時に市は「1億円を増額」すると回答していましたが、詳細の説明はありませんでした。
 ●市内での経済循環と雇用創出に貢献する事業ーーーーーーーーー
 新制度は管財課、教育委員会で1億円。「手順書」には、目的を「市内中小企業者に対する修繕の発注を増加させることにより、本市の経済の循環と雇用の創出」と明記されたことも重要です。今までの登録制度には「目的」が鮮明でなかったからです。
 発注先は「小規模修繕工事契約登録者」で「修繕を行なう公共施設の近隣の中小企業者を優先」としています。
 民商は今後、原戸経営対策部長(建築)を中心に、市との懇談や、新規・再登録をよびかけて仕事起こしにとりくみます。

◎【商売を語る会】 第12回 (下) 価格決定権を持つ商売が強い 建設機械等の高圧ゴムホース修理 泉関安夫さん(12/06/23)
(前号からの続き)   一通り泉関さんの説明を聞いて、質問・交流タイムに。  
  「こういう仕事もあるのか。競争相手がいない商売ですね」と阿佐美さん(建築設計)は感想を語りました。
 泉関さんは「夜中に電話が来ると、アルコールが入っている時もあり、重機屋さんが『ぼくが運転するから』と目的地にいくことも。『ホースの救急車』ですね」と。
また、部品だけでも何百万円と取りそろえています」。
 塾長の佐藤さん(結婚紹介業)は、「1つは競争相手がいない商売。2つには価格決定権を持つ商売であること」と分析。もし下請け業者だったら後継者はできなかったと思うと発言しました。
 熱心に泉関さんの話を聞いた西川さん(茶器販売)は「理工系(桐生高等工業学校の機械科=現群大工学部)を出ているのでわりと詳しいのですよ」と発言。商売紹介では、茶器販売を始めたころは、見ず知らずのところに来て(足利出身)、様々の努力をして「足で広げて来た商売」とのべ、日々家族と役割を分担している近況を語りました。
 泉関さんは「農業機械などは買替えをしないので、故障が多くなって痛みがひどくなっている。建築は重機をクレーンで積むが、ホースがなかったら何も動かない」「現場で壊れるのはあまり良いことではない。修理屋さんで補修した方が良いです。昔は、機械のレンタル屋さんは、あまり整備してないことが多かった。『もっと利益を上げろ』と言われ余裕がないからだと思う」とレンタル業界の事情も情報提供しました。
 数カ月ぶりに参加した介護タクシーの小淵さんは、ホームページを作ったことや、ストレッチャーなどの増設が必要になって来たなど近況を報告。
 業務に区切りがつき、途中から参加した店橋事務局長は「仕事をやっていて面白かったことは」と質問。泉関さんは「ユンボが盗まれるため、防犯システムを開発した」と秘話を披露しました。
 語る会・経営元気塾の取材に見えた商工新聞の尾田記者も「なごやかに楽しんでいますね」と感想を語りました。
 今週の商工新聞1面に紹介。次回は6月25日7時半より、中心街の居酒屋「いちば」で経営元気塾です。


◎中小業者に仕事と資金を 前橋民商が市と懇談 産業振興条例は「年度内に方向出す」、公契約条例は検討したい しかし本来の住宅リフォーム助成は「まだ検討せず」(12/06/17)
 前橋民商は13日、前橋市に対し中小業施策の拡充などを求めて懇談しました。市は産業振興条例策定については今年度中に方向を出すこと、公契約条例は検討したいなど回答。しかし住宅リフォーム助成制度の改善は、まだ考えていないことが確認されました。

 大野会長は冒頭、民商総会に山本市長がメッセージを寄せてくれたことに謝辞、市長選では民商が要望している内容も公約して当選したこともあり懇談を申し入れたと発言。業者婦人実態アンケート結果を紹介し、仕事起こしや金融対策、国保などが切実であり、地域をささえる中小業者が元気になるよう支援を要望しました。
 西沢政策推進課長ら市側の回答のあと、懇談しました。
 市当局は、産業振興条例は「今年度中に方向性を出したい」とこたえたほか、公契約条例は検討したいと回答。創業支援融資の「借換えは1年延長した」こと、開業資金は3年間、利子・保証料を全額補助すること、小規模工事修繕の予算増額など、一定の評価ができる説明がありました。
 しかし、経済的波及効果が高い「本来の住宅リフォーム助成制度」については、「耐震、子育て、エコ」に限った「住宅支援改修事業」の耐震補強工事を20万円から50万円に増やし、既存の耐震助成と組み合わせれば100万円になる。パンフもつくるなどの回答にとどまりました。
 原戸副会長らは高崎市の実績も紹介し、制度の改善を要望。昨年度、高崎では外壁や畳、防水、畳、浴室、台所など10数種類の業種に及び、1071軒、1億7000万円を助成。工事総額は9億1930万円で経済効果は5倍以上あることを示して、一般的な改修も含む本来の助成制度の早期実施を要求しました。
 市税滞納者の対応では、「自主納付を基本にする」と回答。事業再建のため相談に乗っている民商など信頼できる人の立会いを認めるよう要望。蛭川副会長は、国保税は社会保障であり、融資の際に市税の完納要件から外すよう求めました。
 中山常任理事は、市長の公約にもとづき16のプロジェクトチームを発足させたことについては、民商の代表なども入れるよう要望しました。

◎【商売を語る会】 第12回 (上) 「交換だけ」から「行けば終わる」へ 建設機械等の高圧ゴムホース修理 泉関安夫さん(12/06/07)
 12回目の商売を語る会は5月28日に開催されました。今回の「語り部」はホッカン高圧ゴム商会汲フ泉関安夫さん(69歳)=総社支部=です。参加者は、佐藤さんら7名。「日頃から、民商はもっと商売のことを話し合わなきゃダメだ」と語っている泉関さん。パンフレットのほか、ゴムホースと取付金具を持参し、熱く語りました。

  ◆自問自答し 50歳で開業
 開業までは、キャタピラ三菱の修理部門にいました。部品の営業に回され、セールスで長野原町などへ通勤の日々。商談があると朝帰りのことも。何のために仕事をしているのか、このままで良いのかなど自問自答しました。
 こうしたなか、取り引き先のひとつで油圧ホースを作っていた人に、たまたま冗談で「会社をやめたあとは、私が引き受けるよ」といったら、間もなく、会社を引き継いでくれと言われ、本当になってしまった。「ホッカン高圧ゴム商会有限会社」を開業しました。

  ◆夜間でも現場に飛んでいく
 初めはホースがはねてモノが持ち込まれ、ゴムホースを取り替えていました。重機関係の人とタイアップで修理しましたが、ホースを作ればおしまいだった。依頼が来ると同じホースや口金の部品を交換する。ホース代+燃料代ぐらいの売上。初めの2年はそんなやり方でした。
 次第に重機メーカーや修理工場、リース屋さんなどから、油もれの修理が来た。2トントラックで現場に行って、カバーを外し、ホースを外し、作ってしまう。「行けば終わる」ように発展させました。このためコンプレッサーから発電機まで全部そろえた。いまは軽井沢から深谷まで営業範囲となっています。
 現場からSOSが来ると飛んでいき、アダプターを取り替えたらウチの口金でホースを着けます。
 会社案内チラシに、「夜中もやります」と書いてありますが、深夜のアスファルト舗装工事で掘削機が動かなくなると飛んでいく。週2回ぐらいですが、あまり増やすと体力のこともあるのでムリをしないようにしています。
 15年間やってそろそろやめようかと思っていた3年ほど前、息子がリストラにあい、会社に入った。そうしたら甥も一緒にやらせてと言って来た。サービスカーを1台増やしました。 (次回へ続く)
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 ◎ホッカン高圧ゴム商会 有限会社
              泉関 安夫 
  前橋市総社町総社2841
  電話・FAX027−252−0903

◎群馬県中小企業憲章(2011年6月10日制定)を紹介します(12/05/14)
●群馬県中小企業憲章(2011年6月10日制定)

 群馬県は、事業所の多くが中小企業であり、大勢の人々がそこで働き、様々な分野で果敢に挑戦する中小企業が産業を支える中小企業立県です。そして、小規模企業を始めとした中小企業が、地域社会において大きな役割を担っています。
 これからの本県経済を発展させ、県民の暮らしを豊かにするには、中小企業の健全な発展が必要です。そのためには、地域を支える中小企業を支援することが大切です。
 県内経済が東日本大震災の大きな影響を受けた今こそ、群馬をはばたかせるため、地域の要となる企業を生み育てる環境づくりを進めます。中小企業とそこに関わる人々が誇りを持って生きる「ふるさと群馬」を築いていくため、ここに、中小企業振興の理念として、群馬県中小企業憲章を定めます。

1 地域を支える中小企業の健全な発展を、国、市町村、関係機関と連携しながら支援します。

1 未来を担う世代が中小企業に誇りと夢を持てるよう、その重要さを伝えます。

1 公正な取引環境の整備に努め、中小企業の果敢な挑戦を支援します。

1 施策の立案実施にあたっては、中小企業の立場にたち、経済環境の変化に対応し、常に迅速かつ適切な対応を講じます。

◎【商売を語る会】 第11回 (下) 修理とは「もとに戻すこと」 よいものを長く使う時代 「福島ミシン店」福島彰一さん(12/05/04)
 商売を語る会での福島さんを囲む交流紹介最終回です。

 DVDを見て、語っていただいたあと、参加者の自己紹介と質問に答えるフリートーキングへ。
 ◎西川博さん(茶器)は、福島さんが民商の会員とは知らず、さびたミシンを修理して5千円で済み、お礼を言わずに今日になったことなどを披露。ミシンが精密機械と言われる理由を問うと「釜(カマ)の部分、針と釜の隙間は0・02ミリ」と福島さん。 
 ◎ワープロ修理の丹治幹夫さんは「修理屋と聞いて参加した」と期待。以前頼まれて、ミシンを修理した体験も語り、「いい仕事をして喜ばれて、部品の在庫をたくさん持つ」のは修理業としての共通点も。「最盛期だったら、修理ではメシが食えると思わないが、これから10年はできますね」と語ると、福島さんは「ミシンを修理する人がいなくなった。困って遠くから持ち込まれる。直ると非常に喜ばれる」と応じた。
 丹治さんは「ミシンは中国へシフトし働く人が替わってきてる」と述べると福島さんは「向こうには最新型のミシンが行く。指導者も行き、教えて帰ってくる。さらに、班長クラスの人を日本に連れてきて、教えて帰国する。中国の方が能率はよくなる」と最近の事情を説明。 
◎結婚紹介業の佐藤秀幸さんは、「福島さんの上毛紙のテレナイン広告は、よく見ている。会員とは思わなかった。会えてよかった」と感想。私の仕事と修理の仕事のつながりを考えた。モテない人をモテるようにする。どっちも「元に直す」ことで、「修理」につながるのだと初めて気づいた、と述べ、「聖書によい言葉が書いてあり、会員にも紹介することがある」と報告すると、福島さんは、「2人は1人に勝る」(=1人で寝ても暖かくならぬ)という伝導の書の言葉を紹介した。
 語る会は「まじめに固い商売をしている人、技術を習得していく職人が減っていく」と共通した心配も。丹治さんは「つぶすだけの日本のリサイクル」の間違いを指摘。商品を再利用(リユース)し続けるという、最もトレンディーな役割を果たしている業者としての誇りも語り合われ、交流が深められました。

 後日、お店を訪問すると玄関に「消費税増税ストップ」のポスター。福島さんの心意気が感じられました。次回の語る会は5月28日。話したい人を募集中。
      ・・・・・
◆福島ミシン店(上毛電鉄中央前橋駅を北へ200m右)
フリーダイヤル 0120-567-775
前橋市城東町2−5−3
    電話027(231)5106 




◎【商売を語る会】 第11回 (中)人のやれないことをする修理店  人には見えないつながりが… ミシン修理 「福島ミシン店」福島彰一さん(12/04/22)
 11回目の商売を語る会は、城東町でミシン修理・販売店を営業する福島彰一さん。前回の続きです。

 親の代までは、工業用ミシンがほとんどだったが、40〜50台売れた。貸し倒れで店は倒産したが、お客に迷惑をかけずに済んだので続けられた。
 前橋周辺には縫製業が多かったが、やがて東北地方に移った。しかし東北では家電工場に従業員が働きに出て、人が来ない。韓国へ移ったが人件費がアップし、台湾へ行った。中国やタイ、インドシナ、ベトナムと移ってきた。群馬県の内職センターもなくなった。
  ■「人の行く裏に道あり」 
 こうして家庭用ミシンに切り替えた。修理をきちっとやる専門店として、週2回上毛新聞の「テレナイン」で広告を出している。お客さまは草津や太田、伊勢崎、富岡などからも来てくれ、景気良くないのでテリトリーは広くしている。持ってきてもらい修理する。部品だけでも何百万円も持っていて、メーカーにない部品もたくさんある。今日も7台の修理があった。
 「人の行く裏に道あり花の道」という言葉があるが、人と同じことはやるまいと。人のやれないことをやることを誇りにしている。直らないと買う人がいるが、直してしまう。始めメーカーに相談するが、うちを紹介してくれる。直るにも関わらず、押付けるとメーカーに苦情がいき、うちに修理がくる。
 あまり売ろうとしていません。良かったら買って下さいぐらいで。経費を節約して「そんなに儲からなくともいいだろう」とやっている(笑い)。
 電柱広告会社の職員が集金に来た。後日、松井田に住む親からミシンの注文がきた。「息子が集金にいったら、コーヒーを注文して出してくれたの初めて、と言っていた」と1台買ってくれた。
 外人さんが外からミシンを見ていたので店に入ってもらいコーヒーを出した。オーストリアの人で結婚式場の牧師。ミシンを直せるかという。修理したら喜んでいただいた。奥さんにスイス製のミシンを買ってくれた。
「見えるところだけ追いかけていると失う」。その人のつながりが隠れていると思う。
 お客さまをよく紹介してくれる人をマーケットリーダーとして大切にしている。糸や布を売る店の人や、洋裁教室の先生など。重点的に電話をしたり訪問したりする。電話をかけたところはノートに会話内容をメモするようにしている。「屋根が直った」「こどもが学校に入学した」「嫁が旦那の洋服をあつらえにいく」など記録。コミュニケーションをとるため、お客さんを忘れないように。「自分のことを覚えていてくれた」と言われる。福島さんは大学ノートを見せてくれた。(次回へ続く)
     
■福島ミシン店(中央駅を北へ200m右)
フリーダイヤル 0120-567-775
前橋市城東町2−5−3
     ☎027(231)5106

◎【商売を語る会】 第11回  アフターケアの確かさが評判 ″3代目はクリスチャン″  ミシン修理 「福島ミシン店」福島彰一さん ―上―(12/04/10)
 11回目の商売を語る会は3月26日、ミシン修理販売店の福島彰一さん(中川支部)の話をうかがいました(当初予定した大沢さんは都合により交替に)。
 参加者は、佐藤さん(結婚紹介)、西川さん(茶器販売)、丹治さん(ワープロ修理)にオブザーバー参加の市村さん(建築)。
 市内城東町2丁目の赤城県道沿いで、ミシン修理専門店を営業する福島さんは、大手修理チェーンが進出・撤退していくなか、アフターケアの確かさで、3代目として客の支持を受けています。
 語る会では、はじめに2007年に群馬テレビで紹介されたDVDを視聴したあと、お話を聞きました。
 前橋商業高校を卒業し、京都の呉服問屋に勤めたあと、家業の工業用ミシン修理店で働いた福島さん。DVDは、きれいな店舗でインタビューを受ける福島さんらを映します。
       ・・・
 30歳の頃、招待旅行から帰ると店は倒産騒ぎをしていて、精算した。
 養護学校の教師と言語聴覚士の妻(和子さん)と結婚したあとだった。大学の先生の紹介があってクリスチャンの洗礼をうけていた。
 奥さんも登場。「結婚・倒産で経済的には苦しかったが『神にゆだねて生きる』道をともに選んだ」と語る。和子さんは2人のこどもを抱えてカナダの大学院に留学へ。彰一さんはミシン修理を続けた。2007年、医学博士の妻は失語症問題を書いた著書「脳はおしゃべりが好き」を出版。「主人がずっと陰で支えてくれた」と和子さん。
       ・・・
 インタビューは、ミシン屋3代目と医学博士の2人が敬虔なクリスチャンとして支えあい、がんばっている様子を映し出されていました。(次回へ続く)
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  ■福島ミシン店(中央駅を北へ200m右)
フリーダイヤル 0120-567-775
 電話 027(231)5106

◎中小業者に資金を! 保証協会が保証しぶりに後退!? (12/03/19)
 群馬県信用保証協会が、金融円滑化法などにもとづいて条件変更をした人や、返済の遅れがあった人などへ「保証しぶり」と思われる対応を見せており、今後改善を求める運動が必要になっています。事例を二つ見てみます。

 事例@
 建設関連のSさんの運転資金の申入れにたいし、まだ融資枠があるのに全額保証しようとせず、「銀行にも手だてをしてもらうことが条件」というのです。理由は、昨年2回の返済の遅れがあり、信金が「事故報告」をだしていることが理由。いまは正常化されています。
 16日、Sさんは店橋事務局長も同席し保証協会と交渉し、従来と対応が変わったのかとただしました。これにたいし保証協会担当職員は、「従来と変わっていない」と答えました。しかし、銀行は全額保証でないと実行できないと言っており、保証協会の対応に批判の声が上がっています。

 事例A
 飲食店のWさんは昨年秋、新規開店資金を申し込んだところ、保証協会が「いま条件変更をしていることと、既往債務と合わせると1・5倍の残高になるので、全額保証できない。銀行の資金も合わせてもらえば保証する」と対応しました。
 Wさんは「全額保証でないと融資はムリ」という銀行と交渉、保証協会との交渉も重ねました。
 協会は「条件変更中なので」と方針を変更しないため、銀行側と再交渉。当初、銀行は「全額保証協会付でなければ融資に乗れない」という対応でしたが、資金の必要性、地域での飲食店の役割、新装開店のメリットと事業の展望などを熱心に語りました。結果、保証人を事業継承予定者など2人付けることで、制度融資と合わせて資金ぐりができました。Wさんは「若干減額されましたが、民商さんと粘りづよく交渉できて、融資が出ました」と新装開店へはりきっています。


 ●責任共有制度を元に戻し中小業者に資金を
 中小業者への融資制度は信用保証協会が長年、全額保証してきました。2007年から、銀行との責任共有制度が導入され、小口などの制度融資は1250万円までは全額保証されるものの、これを超えた場合、セーフティネット保証など一部を除いて80%までしか保証しないというものに後退しました。民商・全商連は、全額保証に戻すよう求めています。

●税金、融資、経営、開業、くらしの相談は前橋民商へご相談下さい。

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